すべてに先立って生じた、口を開いた虚空。ここから大地ガイア、奈落タルタロス、そして万物を結ぶ力エロスが次々と現れ、世界は形をとりはじめた。人格を持つ神というより、あらゆるものが立ち現れる以前の「空隙」そのものとして語られる。
神々と英雄、
物語の記録
オリンポスの神々から十二の功業を成したヘラクレス、十年をかけて故郷へ帰ったオデュッセウスまで。ギリシャ神話の主要な登場人物と系譜、名高いエピソードをまとめたリファレンスです。
神々
混沌から生まれた原初の神々から、天と海と冥界を分け治めたオリュンポスの主神まで。系統を選んでご覧ください。
世界がまだ形をとる以前、カオスから次々と生じた最も古い神々。多くは人格を持つ存在というより、大地・夜・海・奈落といった世界の要素そのものとして語られる。
カオスに次いで生じた大地そのもの。単独で天ウラノスと海ポントスを産み、ウラノスとの間にティターン神族やキュクロプス、ヘカトンケイルをもうけた。子を疎んじる夫に鎌を授け、次いで孫のゼウスにも与し、世界の主導権が移り変わるたびに背後で糸を引き続けた。
ガイアが独りで産み、そのまま夫となった天空。醜い姿の子らを疎んじて大地の底へ押し込めたためガイアの怒りを買い、末子クロノスの鎌によって去勢され、王座を追われた。流れ落ちた血からは復讐の女神エリニュエス、海に落ちた滴からはアフロディーテが生まれたという。
カオスから生じた「夜」そのもの。ゼウスさえ憚ったといわれるほど古く強大で、眠りヒュプノス、死タナトス、運命の三女神モイライ、報いの女神ネメシスなど、人の力の及ばぬものを次々と産み落とした。
カオスから生じた「暗黒」。姉妹であるニュクスと結ばれ、澄みわたる高空アイテルと昼へメラという、自らとは正反対の輝きを生んだ。地上と冥界を隔てる道に立ちこめる闇として語られる。
天から地までの隔たりと同じだけ、さらに地の下へ落ち込んでいるとされる最も深い場所。ティタノマキアに敗れた神々が青銅の門の奥に鎖でつながれ、冥界よりもなお下にある牢獄として恐れられた。
ガイアが単独で産んだ、まだ神の統治を知らぬ海そのもの。ガイアとの間に海の老翁ネレウスや、怪物たちの母ケトをもうけた。後の時代に海を治めるポセイドンとは異なる、はるかに古い海の神格として位置づけられる。
カオスとともに現れた、引き合う力そのもの。後世に語られるアフロディーテの子である愛の童子とは別に、原初神話では神々や万物が交わり増えてゆくことを可能にした、世界の根源的な衝動として描かれる。
ガイアとウラノスの子として生まれ、オリュンポス以前の世界を統べた巨神族。ゼウスらとの十年に及ぶ戦い(ティタノマキア)に敗れ、多くはタルタロスへと落とされた。
ガイアとウラノスの末子。母から授かった鎌で父を討ち、ティターン神族の王として世界を支配した。だが「わが子に倒される」との予言を恐れ、生まれた子を次々と呑み込んでゆく。ただ一人隠されて育ったゼウスの手で、ついに玉座を追われた。
クロノスの妹にして妻。子を呑み込む夫から末子ゼウスを守るため、産着に包んだ石を代わりに差し出し、赤子をクレタ島の洞窟に隠して育てさせた。この機転ひとつが、オリュンポスの時代を開くこととなった。
大地を輪のように取り巻いて流れる、果てのない河そのもの。妻テテュスとの間に三千の河神と、三千のオケアニデス(水の妖精)をもうけた。ティタノマキアには加わらず、争いの外に立ち続けた数少ないティターンである。
「高きを行く者」を意味する光明のティターン。妹テイアとの間に太陽ヘリオス、月セレネ、暁エオスをもうけ、天を巡るあらゆる光の源となった。
「神々しきもの」を意味する光輝のティターン。兄ヒュペリオンとの間に日と月と暁を産んだ。金銀や宝玉が目に眩しく輝いて見えるのは、彼女が価値ある輝きを与えているからだとも語られる。
世界のあるべき理と秩序そのものであるティターン。ゼウスの二人目の妻となり、季節を司るホーライと、運命の三女神モイライを産んだ。デルフォイの神託はもともと彼女のものであり、のちにアポロンへと受け継がれている。
事物の名と、起こった出来事のすべてを保ちつづける「記憶」そのもの。ゼウスと九夜を共にし、詩と芸術を司る九人のムーサ(ミューズ)を産んだ。文字を持たぬ時代に詩人が長大な物語を語り継げたのは、彼女の恵みによるとされた。
「先を見通す者」を意味するティターンの子。ゼウスの意に背いて天の火を盗み人間に授け、文明の礎を与えた。その罰としてカウカソス山に鎖でつながれ、日ごと鷲に肝を啄まれ続けたが、のちにヘラクレスによって解き放たれた。
ティタノマキアでティターン側を率いて戦い、敗れた罰として、世界の西の果てで天空を支え続けることとなった。黄金の林檎を求めたヘラクレスに、一時その重荷を肩代わりしてもらった逸話で知られる。
四頭立ての黄金の戦車で、毎日東から西へと天を駆ける太陽。天上からあらゆる場所を見下ろすため、アフロディーテの密通を目撃して告げるなど、神話のなかでしばしば「唯一の目撃者」の役を担う。
銀の戦車で夜ごと空を巡る月。羊飼いの美青年エンデュミオンに恋し、彼が永遠に老いることのないようゼウスに願って永久の眠りを与えた。以来、毎夜その寝顔を訪ねているという。
ゼウスの子を身ごもったためヘラの怒りを買い、大地のどこにも出産の場所を得られずさまよい続けた。ようやく海に漂う小島デロスが受け入れ、椰子の木にすがってアルテミスとアポロンの双子を産み落とした。
クロノスを倒したゼウスを頂点に、オリュンポス山の頂に住まう主神たち。人と同じ姿と感情を持ち、ギリシャ神話の中心を担う。ヘスティアが座をディオニュソスに譲ったとする伝承もあり、ここでは両者を併せて掲げる。
クロノスとレアの末子。父を打ち倒して兄弟たちと世界を分け、天空の支配権を得た。数多の神話で子をなし、その系譜はオリンポス全体の中心をなす。
天の女王として崇められる一方、夫の度重なる不貞に激しく嫉妬し、その子らを苦しめる物語で知られる。ヘラクレスの名は「ヘラの栄光」を意味するが、彼女は生涯彼を苦しめ続けた。
ゼウス、ハデスと共に世界を分割し、海洋の支配者となった。気性が荒く、怒ると三叉戟で大地を揺らし嵐を起こすという。トロイア戦争ではギリシャ勢に敵対した。
娘ペルセポネがハデスに連れ去られた悲しみから大地の実りを止め、世界に飢饉をもたらした。この物語は四季の移ろいの起源として語り継がれる。
ゼウスの頭から武具を身につけた姿で誕生したとされる処女神。アテナイの守護神であり、知略に長けた英雄オデュッセウスを常に助けた。
アルテミスの双子の兄。デルフォイの神託を司り、詩と音楽の守護者として崇められた。理性と秩序の象徴とされる。
アポロンの双子の妹で、生涯純潔を守る狩猟の女神。森と野生動物の守護者であり、出産の女神としても信仰された。
血なまぐさい戦の激情そのものを体現する神。冷徹な戦術よりも殺戮の狂気を象徴し、他の神々からも敬遠されがちだった。
ウラノスの血が海に落ちて生まれた泡から誕生したという。その美しさは神々と人間の双方を惑わし、トロイア戦争の発端にも深く関わった。
生まれつき足が不自由で、母ヘラに一度は天界を追われた。オリンポスの神々の武具や宮殿を鍛え上げる比類なき匠として、後に迎え入れられた。
生まれてすぐ牛を盗み竪琴を発明したという俊敏な神。神々と冥界の間を自在に行き来し、死者の魂を冥界へ導く役割も担う。
クロノスとレアの長子で、ゼウスの姉にあたる。争いを好まず生涯純潔を守り、家々の炉とオリンポスの聖火を静かに見守り続けた。後の伝承では、オリンポス十二神の座をディオニュソスに譲ったとも語られる。
人間の母セメレとゼウスの間に生まれ、後にオリンポスの十二神に迎えられた。祭礼と陶酔、演劇の起源に深く結びつく神。
オリュンポス十二神には数えられないものの、それぞれ独自の領域を統べ、篤い信仰を集めた神々。
オリンポスには数えられないが、ゼウス・ポセイドンと並ぶ三大神の一柱。ペルセポネを冥界の妃として迎え、死者の国を厳格に、しかし公正に統治したとされる。
デメテルとゼウスの娘。野で花を摘むところをハデスに攫われ、冥界の女王となった。母の嘆きに大地が枯れ果てたためゼウスは帰還を命じたが、彼女が口にした石榴の実が冥界との縁を断ち切れぬものにしていた。以後、一年の一部を地下で過ごすたびに季節が巡る。
ティターン神族ペルセスとアステリアの娘。ヘシオドスは彼女を特別に讃え、天と地と海の三界すべてに権能を残されたと記す。双つの松明を掲げて夜の十字路に立ち、魔術と亡霊、あらゆる境界を司る。ペルセポネが攫われた夜にその叫びを聞いた唯一の神であり、以後は冥界の女王の先導者となった。
ニュクスの子で、双子の兄弟ヒュプノスとともに生まれた死の神。剣で髪の一房を断ち、その命を冥界へ渡す。シシュポスに鎖で縛られたときは世から死が絶えて戦も終わらず、またヘラクレスには組み伏せられてアルケスティスを地上へ返している。暴力の死を司る妹たちと違い、その手つきは静かであるとされた。
ニュクスの子にしてタナトスの双子。レムノス島の洞に住み、罌粟の茎と忘却の川の水をもって眠りを注ぐ。『イリアス』ではヘラに乞われてゼウスを眠らせたが、以前それをして雷神の怒りを買っていたため二度目は渋り、カリスの一人パシテアを妻に与えられてようやく引き受けた。夢の神々オネイロイはその子とされる。
エレボスとニュクスの子とされる、アケロンの渡し守。舟賃として一オボロス銅貨を求め、払えぬ者や地上で葬られなかった者は百年のあいだ岸をさまようほかない。ギリシア人が死者の口に硬貨を含ませて葬ったのはこのためである。生者を乗せることは固く拒み、ヘラクレスとアイネイアスだけが例外であったと語られる。
クロノスがウラノスを斬ったとき、その血を受けた大地から生まれた女神たち。とりわけ肉親殺しと誓いの破棄を追及し、罪人を狂気に追い込んで地の果てまで追いつめる。アイスキュロスの『エウメニデス』ではオレステスを追ってアテナイの法廷に立ち、裁きののちアテナに宥められて「慈しみ深き女神たち(エウメニデス)」と呼び換えられた。
人ひとりの一生を糸として紡ぎ、長さを割り当て、断つ三姉妹。ホメロスでは神々でさえ「モイラの定め」を覆せず、ゼウスは愛する者の死期を前にしても手を出せない。ヘシオドスは彼女たちを夜の女神ニュクスの娘とし、のちにはゼウスとテミスの娘として、秩序の側に立つ存在とも語られた。
ニュクスの娘とされる、分を越えた者に釣り合いを返す女神。人の傲慢(ヒュブリス)と過分な幸運を測り竿ではかり、必ず釣り合うだけの報いを寄こす。アッティカのラムヌスに名高い神殿があり、ヘロドトスの伝えるところでは、その神像はマラトンへ攻め寄せたペルシア軍が勝利を確信して持参した大理石から彫られたという。
偶然そのものを司る女神。舵をとって人の運命の向きを定め、豊穣の角から恵みを注ぎ、球の上に立って足場の危うさを示す。ヘシオドスはオケアノスの娘に数え、ピンダロスはゼウスの娘と呼んだ。ヘレニズム期には都市がそれぞれ自らのテュケーを持ち、城壁を冠として戴いた姿で街の守り神として祀られた。
ティターン神パラスとステュクスの娘。ティタノマキアに際して母がいち早くゼウスの側についたため、ニケは以後つねにゼウスの傍らに立つことを許された。アテナイのアクロポリスにはアテナ・ニケの神殿が建ち、そこでは戦勝が二度と去らぬよう、翼を取り去った「翼なきニケ」として祀られたと伝えられる。
虹そのものを神格化した、天と地を結ぶ使者。ヘルメスがおもに人間のもとへ遣わされるのに対し、イリスは神々の間を往き来し、時にはオケアノスの水を汲みに冥界へも降りる。『イリアス』ではゼウスとヘラの言葉を幾度も戦場へ運び、神々の争いを取り持った。ヘシオドスは彼女をタウマスとエレクトラの娘、ハルピュイアたちの姉妹とする。
ゼウスとヘラの娘で、若さそのものを司る。オリュンポスの宴では神酒ネクタルを注ぐ役を務めていたが、のちにガニュメデスにその座を譲った。天に上げられて神となったヘラクレスの妻として迎えられ、生涯にわたってヘラに追われ続けた英雄と女神の確執は、この婚礼をもってようやく結ばれることになる。
ゼウスとムネモシュネ(記憶)の娘たち。ヘリコン山とパルナッソス山に住み、詩人の口に言葉を吹き込む。ヘシオドスは『神統記』の冒頭で、ヘリコンの麓で羊を飼っていた自分の前に彼女たちが現れ、月桂の杖を授けて「偽りも、真実も歌える」と告げたと記した。ローマ期に九柱それぞれの領分が定まり、名は今も芸術の分類に残る。
山羊の脚と角を持つアルカディアの神。ヘルメスの子とされ、生まれたとき母は姿に驚いて逃げたが、神々は皆この子を喜んだという。昼下がりの午睡を破られると恐ろしい叫びをあげ、聞いた者を理由なき恐怖に落とした——「パニック」の語源である。葦に姿を変えて逃げた妖精シュリンクスを惜しみ、その葦を束ねて笛にした。
アポロンと人間の女コロニスの子で、ケンタウロスの賢者ケイロンに医術を学んだ。死者すら蘇らせるほどの腕を恐れたゼウスの雷に打たれて命を落とすが、後に神として天に上げられた。
ネレウスの五十柱の娘たちの一人。ポセイドンの求婚を厭うて世界の果て、アトラスのもとへ身を隠したが、イルカが居所を探し当てて説き伏せ連れ戻した。その功でイルカは天に上げられ、いるか座になったという。以後は海の女王として、白馬の曳く車で夫とともに波の上を渡る。トリトンはその子である。
ポセイドンとアンフィトリテの子。上半身は人、下半身は魚の姿で、父の露払いとして法螺貝を吹き鳴らし、その音の高低で波を荒らげも鎮めもする。アルゴー船がリビュアの砂州に乗り上げて動けなくなったときには、土塊を手渡して行く手を示し、海への路を開いてやったと『アルゴナウティカ』は伝える。
ポントスとガイアの子で、五十柱のネレイデスの父。ホメロスとヘシオドスは彼を「海の老人」と呼び、偽りを言わず正しいことだけを語る神とした。ヘラクレスはヘスペリデスの黄金の林檎の在り処を聞き出すため、眠るネレウスを組み伏せ、水にも火にも姿を変える相手を離さずにいてついに答えを得た。
ポセイドンの海豹の群れを飼う、もう一柱の「海の老人」。過去も未来も見通す力を持つが、問われるのを嫌って獅子・蛇・豹・水・樹へと次々に姿を変える。『オデュッセイア』ではメネラオスが真昼の午睡を襲い、変身のすべてを耐えて離さずにいたため、ついに帰路と兄アガメムノンの死を語らせた。
英雄・伝説
神の血を引き、あるいは神々の寵愛を受けて数々の試練に挑んだ者たち。
ゼウスと人間の女アルクメネの子。ヘラの呪いで正気を失い家族を手にかけた罪を償うため、ネメアの獅子退治やヒュドラ討伐など十二の難業に挑み、死後は神として迎えられた。
ゼウスとダナエの子。見る者を石に変える怪物メデューサの首を、アテナとヘルメスの助けを得て討ち取った。その首は後にアンドロメダを海の怪物から救う際にも用いられた。
アテナイの王子(一説にポセイドンの子)。クレタ島の迷宮に棲む怪物ミノタウロスを、王女アリアドネから授かった糸玉を頼りに討伐した。後にアテナイ王として多くの改革を行ったとされる。
王位を追われたイオルコスの王子。奪われた王位を取り戻すため、アルゴー船を率いて黄金の羊毛を求める大冒険に出た。魔女メデイアの助力で目的を果たすが、後にその関係は悲劇的な結末を迎える。
女神テティスと人間ペレウスの子。唯一の弱点である踵を除き不死身の肉体を持つ。親友パトロクロスの死をきっかけに戦場へ戻り英雄ヘクトルを討つが、自らもパリスの矢に踵を射られ命を落とした。
イタケの王。トロイア陥落の決め手となった「木馬の策」を考案した知将で、戦後は故郷イタケへ帰る道中、怪物や魔女、神々の試練に十年もの間翻弄され続けた。
プロメテウスが天の火を人間に与えた罰として、ゼウスの命によりヘファイストスが土から創り出した人類最初の女性。神々から美貌と才を与えられたが、好奇心から封じられていた壺(パンドラの箱)を開け、あらゆる災いを世界に解き放ってしまう。慌てて蓋を閉じたときには、壺の底にただ一つ「希望」だけが残っていたという。
フリギアの王。酒の神ディオニュソスの従者シレノスを手厚くもてなした褒美として、触れるものすべてを黄金に変える力を授かった。だが口にする食べ物までも黄金と化してしまい、たちまち後悔してパクトロス川に身を浸し呪いを解いたという。
巨神と怪物
大地から生まれた巨神たちと、英雄の前に立ちはだかった異形の者たち。同じ「異形」でも、神々を助けた側と討たれた側に分かれます。
ガイアとウラノスの子として生まれた、ティターン神族の兄弟たち。異形ゆえに父に疎まれ地の底へ封じられたが、解き放たれるとゼウスの側に立ち、その勝利を支えた。
ガイアとウラノスの子で、コットス・ブリアレオス・ギュエスの三兄弟。父ウラノスに疎まれて大地の底へ封じられていたが、ゼウスに解き放たれるとティタノマキアで岩を投げ続け、ティターン神族を敗走させた。戦後はタルタロスの番人となったという。
コットス
憤怒三兄弟の長兄。ティタノマキアでは百の腕で岩を投げ続けた
ブリアレオス
強き者神々がゼウスに叛いたとき、その傍らに立って反乱を鎮めた。海と結びつけられ「アイガイオン」の名でも呼ばれる
ギュエス
大地の者戦後は兄弟とともにタルタロスの門を守る番人となった額に一つの目を持つ鍛冶の巨人、ブロンテス・ステロペス・アルゲスの三兄弟。ゼウスに解放された礼として雷霆を鍛えて贈り、ハデスには姿を隠す兜を、ポセイドンには三叉戟を与えた。オリュンポスの武具はこの手から生まれている。
ブロンテス
雷鳴雷の轟きを司る。三兄弟の名はいずれも雷の一側面を指す
ステロペス
電光空を裂く稲妻のひらめきを担う
アルゲス
閃光落雷の一瞬の輝きを生むティターン神族を失ったガイアが、傷ついたウラノスの血から産んだ巨人たち。神の手だけでは倒せぬ定めを負っていたため、神々は人間の英雄ヘラクレスを味方に迎え、ギガントマキアと呼ばれる大戦のすえにようやく制した。
アルキュオネウス
巨人族の長生まれた土地の上では不死であったため、ヘラクレスに国境の外へ引きずり出されて討たれた
ポルピュリオン
巨人族の王ヘラを襲おうとしたところをゼウスの雷霆に撃たれ、ヘラクレスの矢に射抜かれた
エンケラドス
大地を揺らす者アテナに投げつけられた島の下に封じられ、身じろぎするたび地が震えるというガイアが最後に産んだ、山より高く肩から百の蛇の頭が生える怪物。オリュンポスを襲って神々を敗走させ、ゼウスの腱を抜き取って一度は勝利した。だが再起したゼウスの雷霆に討たれ、エトナ山の下に封じられたと伝えられる。
テュポンとエキドナの系譜を中心に、各地で人々を脅かした異形の者たち。その多くは英雄たちの試練として立ちはだかり、討たれることで物語を残した。
ゴルゴン三姉妹のうち、ただ一人不死ではなかった存在。もとは美しい娘だったが、アテナの神殿を汚した罰として髪を蛇に変えられたと伝えられる。ペルセウスに首を落とされ、その首は後にアテナの盾を飾ることとなった。
レルネの沼に棲む多頭の大蛇。一つの首を斬れば二つに増え、中央の首は不死であった。ヘラクレスは甥イオラオスに切り口を松明で焼かせて再生を止め、最後の首を巨岩の下に封じた。その毒血は以後、彼の矢に塗られた。
獅子の頭、山羊の胴、蛇の尾を持ち、口から炎を吐いた。テュポンとエキドナの子で、リュキアの地を焼き荒らしたが、天馬ペガソスにまたがった英雄ベレロフォンによって、届かぬ空の上から討ち取られた。
テュポンとエキドナの子で、死者を冥界へ入れはしても決して出さぬ番犬。ヘラクレスは十二の功業の最後に、武器を使わず素手で組み伏せて地上へ連れ出した。オルフェウスは竪琴の音色で眠らせて通り抜けたという。
クレタ王ミノスの妃パシパエと、ポセイドンが遣わした牡牛との間に生まれた。名工ダイダロスの築いた迷宮に閉じ込められ、貢がれる若者を喰らい続けたが、アリアドネの糸を頼りに踏み込んだテセウスに討たれた。
女の顔、獅子の胴、鷲の翼を持ちテバイの街道に座した。「朝は四本、昼は二本、夕は三本の足で歩くものは何か」と問い、答えられぬ旅人を喰らったが、オイディプスに「人間」と看破されて自ら身を投げたという。
上半身が人、下半身が鳥の姿で、島から流れる歌声は聞く者を陶酔させ、船を岩へと導いて難破させた。オデュッセウスは部下の耳を蜜蝋で塞ぎ、自らは帆柱に縛りつけることで、その歌を聞きながら唯一生還した。
狭い海峡の岩場に潜み、六つの首で通りかかる船から船員を攫った。対岸には海水を飲み込んで渦を生むカリュブディスがおり、船はどちらかを選ぶほかない。オデュッセウスは船ごと沈むより、六人を失う道を選んだ。
物語・エピソード
神々と英雄たちが織りなす物語を、神話の時代ごとにたどれます。表題を選ぶと本文が開きます。
世界と人間が形をとった、始まりの物語。
天地開闢
何もない裂け目から、世界が形をとるまで 読む →はじめにあったのはカオス——秩序を持たぬ「大きく口を開いたもの」であった。そこから広い胸のガイア(大地)、奈落のタルタロス、そして手足の力を奪うエロス(愛)が生まれ、闇のエレボスと夜のニュクスが続く。ガイアは独りで自らと等しい大きさのウラノス(天)を産んで身を覆わせ、山々と、実りなき海のポントスを生んだ。天と地が向かい合って初めて、あらゆる系譜がそこから流れ出す。ヘシオドスの『神統記』はこの順で世界を数え上げている。
ウラノスの去勢
天と地を分かった、最初の裏切り 読む →ウラノスは生まれてくる子らを憎み、ガイアの胎の奥へ押し戻して外へ出さなかった。苦しんだガイアは灰色の鋼で大鎌を鍛え、子らに助けを求める。応えたのは末子クロノスひとりであった。夜、ウラノスが大地に覆いかぶさったとき、待ち伏せていたクロノスは父を斬った。落ちた血を受けた大地からは復讐の女神エリニュスとギガンテスが生まれ、海へ落ちた肉のまわりに立った泡からはアフロディーテが生まれる。この一夜を境に、天は二度と地に降りてこなくなった。
ゼウスの誕生
産着にくるまれた一つの石が、王座を覆した 読む →「己の子に王座を奪われる」との予言を父母から告げられたクロノスは、レアが産む子を生まれるそばから呑み込んだ。ヘスティア、デメテル、ヘラ、ハデス、ポセイドン——五人を失ったレアは六人目を身ごもるとガイアの助言でクレタ島へ渡り、ゼウスを産むと、産着にくるんだ石を代わりに夫へ差し出す。クロノスはそれを呑んだ。イデ山の洞で山羊アマルテイアの乳に育ったゼウスは、成人すると策をもって父に薬を飲ませ、呑まれた兄姉たちを——最後に呑まれた者から順に——吐き出させた。最初に出てきたのは、あの石であった。
ティタノマキア
十年続いた、世代交代の大戦 読む →吐き出された兄姉たちとともにオリュンポス山に拠ったゼウスは、オトリュス山に拠るクロノスとティターン神族に戦いを挑んだ。十年を戦っても勝敗は決しない。ガイアの助言に従い、ゼウスは大地の底に封じられていたヘカトンケイルとキュクロプスを解き放った。礼としてキュクロプスは雷霆を鍛えて贈り、ハデスには姿を隠す兜を、ポセイドンには三叉戟を与える。百の腕を持つヘカトンケイル三兄弟は三百の岩を一度に投げ、ティターンたちを圧し潰した。敗れた者はタルタロスへ落とされ、ヘカトンケイルがその門の番人となった。
世界の三分割
天・海・冥界を、一度のくじが分けた 読む →戦の後、ゼウス・ポセイドン・ハデスの三兄弟はくじを引いて世界を分けた。ゼウスに天が、ポセイドンに海が、ハデスに霧深い冥界が渡り、大地とオリュンポスの高みだけは三者の共有とされた。『イリアス』第十五歌でポセイドンは、自分はゼウスの弟であって家来ではない、取り分は等しくくじで決まったのだと言い放ち、兄の命令をはねつける。オリュンポスの秩序は世襲でも力でもなく、この一度きりのくじの上に立っている。
テュポンとの戦い
新しい王座を試した、最後にして最大の怪物 読む →子らをタルタロスに奪われたガイアは、タルタロスとの間に最後の子テュポンを産んだ。星に届く背丈、肩からは百の蛇の頭が生え、その声は獣の唸りにも神の言葉にもなったという。神々は獣の姿に化けてエジプトまで逃げ、ゼウスひとりが残って雷霆を投げ続けた。アポロドロスの伝える異伝では、テュポンは一度ゼウスの手足の腱を抜き取ってキリキアの洞に隠し、ヘルメスとアイギパンがそれを盗み返している。ついに撃たれたテュポンはシチリアのエトナ山の下に封じられ、いまも噴火となって荒れる。
プロメテウスの火
人間に味方した神が払った、終わらない代償 読む →メコネでの供犠の分け前をめぐり、プロメテウスは骨を白い脂で包んだ側と、肉を臓腑の皮でくるんだ側を並べ、ゼウスに前者を選ばせた。以後、人は神に骨を焼き、肉を自らのものとする。怒ったゼウスが人間から火を取り上げると、プロメテウスは大茴香(ウイキョウ)の茎に火種を隠して盗み出し、地上へ届けた。罰として彼はカウカソスの岩に鎖でつながれ、日ごと鷲に肝を啄まれる——夜ごと再び生える肝を。ヘラクレスが鷲を射落とすまで、それは続いた。そしてゼウスは、人間の側にも別の罰を用意していた。

パンドラの箱
好奇心が世界に解き放った災い 読む →ゼウスが人間への罰として遣わした最初の女性パンドラは、開けてはならぬ器の蓋を取り、あらゆる災厄を世に解き放った。あとに残ったのは「希望」だけだったという。ただし原典が語るのは箱ではなく人の背丈ほどの大甕であり、その希望が最後の救いなのか、唯一の取り逃しなのかも、ヘシオドスは書き残していない。
人類の五時代
黄金から鉄へ、下り続けた人間の世 読む →ヘシオドスは『仕事と日々』で、人間の世を五つの時代に数えた。クロノスの治世に生きた黄金の種族は老いも労苦も知らず、眠るように世を去って地上の守護霊となった。白銀の種族は百年を子どものまま過ごし、神を敬わずに滅びる。青銅の種族は青銅の武具をまとい、自らの暴力で互いを滅ぼした。四番目に置かれたのがテバイとトロイアで戦った半神の英雄たちの種族で、その多くは死後、世界の果ての「幸福者の島」へ送られた。そして最後が語り手自身の生きる鉄の時代——働き、老い、争いの絶えぬ世である。ヘシオドスは「いっそ前か後の時代に生まれたかった」と書いた。
デウカリオンの洪水
石を投げて、人間をもう一度つくり直した 読む →青銅の種族の悪徳に業を煮やしたゼウスは、大地を水で洗い流すことに決めた。プロメテウスの子デウカリオンは父の忠告に従って箱舟を造り、妻ピュラ——エピメテウスとパンドラの娘——とともに九日九夜漂い、パルナッソス山に流れ着く。水が引いたあと二人が伺いを立てると、テミスの神託は「顔を覆い、母の骨を背後へ投げよ」と告げた。二人はこれを大地の骨、すなわち石と解き、拾っては肩越しに投げる。デウカリオンの投げた石は男となり、ピュラの投げた石は女となった。ギリシア人が自らを「石から生まれた民」と語るのは、この物語による。
神々が世界の理と季節を定め、その掟を人に示した時代の物語。

ペルセポネの誘拐
冥界の花嫁が刻む、四季のはじまり 読む →冥界の王ハデスに連れ去られた娘ペルセポネを探し、母デメテルは大地の実りを止めてしまう。一年の一部を冥界で、残りを地上で過ごすという取り決めが交わされ、これが四季の起源になったと語られる。

アスクレピオスの受難
死者すら癒やした医神が辿った、栄光と落雷の生涯 読む →母コロニスの火葬の炎の中から取り上げられたアスクレピオスは、賢者ケイロンのもとで医術を極め、ついには死者すら蘇らせるほどの力を得た。しかしその業は死と生の理を侵すものとして、ゼウスの雷霆によって命を絶たれ、後に星座として天に上げられた。
神の血を引く者たちが怪物と試練に挑み、そして過ちを犯した時代の物語。

ヘラクレスの十二の功業
罪を償うために課せられた不可能な試練 読む →ネメアの獅子退治からケルベロス捕獲まで、通常なら成し得ない十二の難業をヘラクレスは知略と怪力で成し遂げ、罪を浄化し不滅の名声を得た。

テセウスの遍歴
怪物を討った英雄王が、最後に迎えた孤独な末路 読む →トロイゼンからアテナイへの道中、六人の悪党を退治しながら父アイゲウスのもとへたどり着いたテセウスは、クレタ島でミノタウロスを討ち英雄となる。だが凱旋の船で帆の色を変え忘れたことが父の死を招き、以後の人生も友との無謀な冒険や身内の悲劇に彩られ、晩年は追放先で命を落とした。

イカロスの墜落
蝋の翼が教えた、過信の代償 読む →名工ダイダロスが息子イカロスのために作った蝋と羽根の翼。「太陽に近づきすぎるな」との忠告を忘れ高く舞い上がったイカロスは、蝋が溶けて海へ落ちてしまった。

ミダス王の黄金の触れ
望みが招いた、富と引き換えの代償 読む →フリギア王ミダスは、ディオニュソスの従者シレノスを手厚くもてなした褒美として、望みを一つ叶えると告げられる。「触れるものすべてを黄金に変える力」を願った王だったが、口にする食べ物までも黄金と化し、たちまち後悔することとなった。ディオニュソスの導きでパクトロス川に身を浸すと呪いは解け、以来この川底には砂金が輝くと伝えられる。
十年に及ぶ大戦と、そこから始まった長い帰還の物語。

トロイア戦争
女神の争いが招いた十年の攻城戦 読む →パリスがアフロディーテを「最も美しい女神」に選んだ褒美として人間の女王ヘレネを得たことから始まった大戦争。ギリシャ諸都市の連合軍がトロイアを十年にわたり包囲し、最後はオデュッセウス考案の木馬によって陥落した。

オデュッセイアの帰還
十年をかけた、怪物と誘惑に満ちた帰郷の旅 読む →トロイア戦争後、オデュッセウスは怪物ポリュフェモス、魔女キルケ、セイレーンの歌声など数々の試練を乗り越え、ようやく故郷イタケと妻ペネロペのもとへたどり着く。魔女キルケの島では、ヘルメスから授かった魔除けの薬草モーリュが、オデュッセウスを魔法から守った。